第1回:私たちの脳は疲れ切っている?

デジタル断食

​1. 問いかけ

 最近、「なんだろう?この疲れは?」と思うことはありませんか?
「今日は一歩も外に出ていないのに、なぜか頭が重い」
「寝ても寝ても、朝起きた時にスッキリしない」​
こんなふうに感じることはありませんか?

私の場合、夕方には
「すごく疲れている気がする」
「目が疲れる」
「頭がぼーっとする」
このような症状が出ます。

​これは「体の疲れ」ではなく、情報の浴びすぎによる「脳過労」のサインかもしれません。

​2. 「情報という食事」を摂りすぎていないか

私たちは毎日、食事を摂ります。食べすぎは胃もたれを起こし、お腹を壊すように、
私たちの「脳」もまた、情報という食事を摂りすぎて「消化不良」を起こしているのではないでしょうか。

​現代人がスマホ一台から受け取る一日分の情報量は、
江戸時代の人が一生かけて得る情報量に匹敵するとも言われています。
朝起きてすぐにインスタをチェックし、次から次へと流れてくる動画を見る⋯。
ニュースも天気予報もドラマもスマホ。

​私たちの脳は、これらの情報を休む暇もなく次々と処理し続けているのです。

​3. 脳が「静寂」を失うと起こること

脳に大量の情報が流され続けると、私たちの心には少しずつ「ささくれ」のようなものが現れ始めます。

注意力が散漫になる:見たい情報があるわけでもないのについスマホをいじってしまう。
感情が波立つ:見ず知らずの誰かのコメントにイライラしてしまったり、心がザワついてしまう。「いいね」の数を気にしてしまう。
「今」を感じられない:目の前に美しい花や美味しそうな料理があっても、
心で感じたり、料理を味わう前に「写真を撮らなきゃ」と撮影に夢中になってしまう。

​画面の中の世界を追いかけているうちに、
一番大切な「自分自身の今」が置き去りになってはいないでしょうか。

​4. 心の「余白」の大切さ

断捨離をすると、捨てた分だけ空きができ、そこに新しい風が入ってくるという話を聞きます。

心も同じで貯まった情報をして空間を作らなければ清らかな風は入ってきません。
本当に大切な気づきや自分を癒すための智恵を取り入れる必要があるのです。​

ただ座る、ただ歩く、ただお茶を淹れる。​
そのような「静寂」はささくれだった心を落ち着かせてくれます。

​5. 結び:まずは脳疲労の症状があるか確認を

「デジタル断食」と聞くと、何かを厳しく我慢する修行のように聞こえるかもしれません。
しかし、それは決して苦しいものではありません。

​疲れ切った脳を、静かな森の木陰で休ませてあげるような、自分自身への優しい「贈り物」です。

​まずは、「ああ、私の脳はこんなに疲れ切っていたんだな」と感じることから始めてみませんか。その気づきこそが、心豊かな暮らしへの第一歩となります。

​次回予告:

次回は、スマホと距離を置くことで得られる具体的なメリット、「デジタル断食がもたらす豊かさ」についてお話しします。

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